● イラン情勢による原油価格上昇と米雇用減少により、米国でスタグフレーション懸念が再び高まっている。
● スタグフレーション初期は金融引き締めと流動性縮小により、BTCなどリスク資産には逆風となりやすい。
● ただし金融不安や通貨信認低下が進む局面では、供給が固定された希少資産としてBTC需要が高まる可能性がある。
現在、米国経済ではスタグフレーションの可能性が改めて議論され始めている。背景の一つが、中東情勢の緊張による原油価格の上昇だ。イランを巡る地政学リスクの高まりを受け、原油価格は足元で上昇しており、エネルギーコストを通じてインフレ圧力を再び強める可能性が指摘されている。さらに、昨日発表された米国の雇用統計では労働市場の減速を示す兆候が確認された。2月には雇用が9.2万人減少し、失業率は4.4%へ上昇。結果として失業率は市場予想を上回り、これまで堅調だった米国の労働市場にも徐々に減速の兆しが見え始めている。インフレ圧力が残る一方で雇用環境が弱まり始めている状況は、「高インフレ+低成長」というスタグフレーション的環境への懸念を高めやすい。特に原油価格の上昇は企業コストと消費者物価の双方を押し上げる典型的な供給ショック要因であり、スタグフレーションの引き金となる可能性がある。
スタグフレーションとは、景気停滞(Stagnation)とインフレーション(Inflation)が同時に進行する経済状態を指す。通常、景気が悪化すればインフレは低下し、景気が過熱すればインフレが上昇するという関係が想定されるが、1970年代の米国ではこの関係が崩れた。1973年の第一次オイルショックと1979年の第二次オイルショックを契機に、米国のインフレ率は10%を超える水準まで上昇する一方、失業率も大きく上昇した。FRBは最終的にポール・ボルカー議長の下で政策金利を20%近くまで引き上げるという強力な金融引き締めを行い、深刻な景気後退を伴いながらインフレを抑え込んだ。この歴史は、供給ショックとインフレ期待の上昇が同時に起きると、金融政策が非常に難しい局面に直面することを示している。
では、このようなスタグフレーション環境はビットコインにとってどのような意味を持つのだろうか。結論から言えば、スタグフレーション初期は流動性縮小によりビットコインに逆風となる可能性がある。インフレ圧力が高まる局面では中央銀行は金融引き締めを維持する必要があり、その結果として金融市場の流動性が低下する。こうした環境では株式や暗号資産などのリスク資産は短期的に下落しやすい。実際、2022年の高インフレ局面ではNASDAQとビットコインが同時に大きく下落し、ビットコインが「デジタルゴールド」というよりも「リスク資産」に近い挙動を示した。
しかし、スタグフレーションが金融不安や通貨信認の低下を伴う場合、ビットコインの役割は変化する可能性がある。2023年の米国銀行危機はその典型例である。シリコンバレーバンク(SVB)やシグネチャーバンクの破綻をきっかけに金融システムへの不安が高まり、銀行預金の安全性に対する懸念が市場に広がった。この局面では、伝統的金融システムから資金が流出し、ビットコインは代替資産としての需要を取り込んだ。結果として、2023年初頭から年末にかけてビットコイン価格はおよそ80%上昇した。この動きは、ビットコインが単なるリスク資産ではなく、金融システム不安の際に価値保存資産として機能する可能性を示した事例といえる。
さらに、ビットコインの供給構造もスタグフレーション環境下で注目される重要な要因である。CryptoQuantのデータが示す通り、ビットコインの供給インフレ率は半減期を経るごとに長期的に低下しており、長期保有者による供給の固定化も進んでいる。これは法定通貨とは対照的に、時間とともに供給が硬化していく資産構造を意味する。ビットコインは価格のボラティリティこそ高いものの、供給インフレ率は長期的に低下しており、これは歴史的に見ても極めて珍しい金融資産の構造である。中央銀行が金融政策によって通貨供給を調整する法定通貨とは異なり、ビットコインの供給はアルゴリズムによって固定されている。この供給特性は、インフレ環境下で希少資産への需要が高まる場合、ビットコインの価値評価において重要な要素となり得る。
つまり、スタグフレーションとビットコインの関係は単純ではなく、時間軸によって異なる。初期段階では金融引き締めによる流動性縮小がBTC価格の重しとなる可能性が高い。しかし、インフレの長期化や金融システムへの不信が高まる局面では、供給が固定された希少資産としてビットコインへの需要が増加する余地がある。今後のビットコイン市場を分析する上では、単純に「インフレ=BTC上昇」と捉えるのではなく、金融政策、流動性、金融システムの安定性、そしてビットコインの供給構造という複数の要因を同時に観察することが重要になるだろう。
オンチェーン指標の見方
「ビットコイン:年率インフレ率」:この指標は、ビットコインの供給がどの保有者層から市場に流入しているかを示す「ホルダー別インフレ率」を表している。Issuance Inflationはマイニング報酬による新規発行量を示し、ビットコインの基礎的な供給増加率を示す。一方、MTH(中期保有者)や6m–1yホルダーのインフレ率は、短中期投資家による売却や移動による市場供給を反映する。LTH(長期保有者)インフレ率が低い場合、長期保有者は売却しておらず供給が市場に出にくい状態を示す。このため、長期保有者インフレ率の低下は市場供給の縮小、すなわち価格上昇圧力につながりやすい。また、ビットコインは半減期により新規発行量が減少するため、長期的には供給インフレ率が低下しやすい構造を持つ。


